「忘れる」と「覚えている」の定義
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忘れる: 意識から消し去ること。なかったことにしようとすること。
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覚えている: 意識の中に留めておくこと。教訓として握りしめること。
私たちは、嫌なことがあると「早く忘れたい」と願います。
しかし、脳の仕組みは残酷なもので、強く「忘れよう」と念じるほど、その記憶には太いマジックで印がつけられ、より鮮明に「覚えてしまう」という性質があります。

「感情に蓋」をしても、消去ボタンは押せない
過去の失敗や、他人から無意識に投げつけられた言葉。
それらを
「なかったこと」にして
心の奥底に押し込んでも、実はストレージ(記憶の容量)は減っていません。
私にも、どうしても消せない記憶があります。
子供の頃からずっと痩せていた私は、保育園から社会人に至るまで、さんざんその体型を揶揄され、からかわれてきました。
言った本人には悪意はなかったのかもしれません。
しかし、久しぶりに会った同級生から
「また痩せたんじゃないか?」
と言われるたび、私の胸はキュッと締め付けられます。
今はもう標準体重になっているのに、言葉を投げかけられた瞬間、
私の心は
「からかわれていたあの頃」に引き戻されてしまうのです。
「受け入れる」ことで、記憶は「記録」に変わる
無理に忘れようとすればするほど、その言葉は重く心に居座ります。
「気にしないようにしよう」
と感情に蓋をしても、蓋の下では痛みが消えずに残ったままなのです。
本当の意味で「忘れる(=気にならなくなる)」ためには、
一度ちゃんと「覚えておく(=受け入れる)」プロセスが必要なのだと思います。
「ああ、私はあの時、本当に傷ついていたんだな」
「今でも『またか』と反論したくなるくらい、あの言葉が嫌いなんだな」
そうやって、今でも胸が痛む自分を否定せずに、そのまま受け入れる。
「忘れたい」
と抗うのをやめて、
「痛かった記憶」
として自分の歴史の一部に並べてみる。
すると、不思議なことに、あんなに生々しかった記憶から少しずつ「トゲ」が抜け、
ただの「過去の記録」として整理棚に収まってくれるようになります。
心のストレージを空けるための「記憶の整理術」
私は無理に忘れようとするのは、もうやめにしました。
「覚え続けている自分」を許してあげたとき、初めて心に隙間が生まれます。
パンクしそうな心のストレージに必要なのは「消去」ではなく、感情の「整理」です。
きれいに整理された過去は、もうあなたを苦しめる重荷ではなく、これからを歩むための「地図」になってくれるはずですから。
私にも、どうしても消せない記憶があります。子供の頃から「痩せている」と揶揄されてきた痛みです。還暦を過ぎた今、ようやくその記憶を「整理棚」に収めることができた私の個人的な思い出話を、こちらに綴っています。
