会話や文章の中で「彼の迫力にたじろいだ」「相手の勢いにひるんだ」という表現を耳にしたことはありませんか。どちらも「怖い」「気圧される」といったネガティブな感情を表しますが、実は込められたニュアンスが少し違います。
「たじろぐ(退縮く・怯む)」と「ひるむ(退る)」――。同じ「引いてしまう」感覚を表しながらも、体の反応を描くのか、心の弱さを示すのかで意味が分かれていきます。
今回は両者の違いや使い分け、誤用されやすいポイントを例文とともに詳しく解説します。
「たじろぐ(退縮〈たじ〉ろぐ)」の意味と特徴
辞書的意味
「たじろぐ」とは、驚きや恐れで思わず体が後ろに引けること、あるいは気おくれしてひるむことを指します。
語源と漢字表記
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「たじろぐ」は、古語「たぢろぐ」(退縮く)に由来し、身体が思わず“たじたじと退く”動作を表したもの。
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文字では「退縮く」「怯む」とも書かれ、どちらも“後ろへ下がる”“心がすくむ”という意味を持っています。
特徴
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身体的な動きが伴うイメージが強い
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突然の出来事や相手の威圧感に押されるときに使う
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やや古風で文学的な響きを持つ
例文
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大声で怒鳴られ、思わず一歩退縮いた(たじろいだ)。
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彼の真剣な眼差しに怯んで言葉を失った。
「ひるむ(退る)」の意味と特徴
辞書的意味
「ひるむ」とは、恐れや圧力を感じて、気持ちがくじけること。尻込みすること。
語源と漢字表記
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「ひるむ」は漢字で「退る」と書かれ、「引き退く」や「しりぞく」を表します。
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体の動きよりも、心が後ろに引き下がる=気持ちの萎縮を表す言葉として発展しました。
特徴
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心理的な弱さや動揺を強調
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相手との力関係や状況の不利さを感じたときに使われやすい
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戦いや競争、議論の文脈で用いられることが多い
例文
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強気な相手に思わず退(ひる)んだ。
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どんなに厳しい状況でもひるまず立ち向かう。
「たじろぐ」と「ひるむ」の違いを整理
表現 | 漢字表記 | 意味 | ニュアンス | 使用場面 |
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たじろぐ | 退縮く/怯む | 驚きや恐怖で体が思わず引ける | 身体的反応が目立つ、文学的な響き | 対面・突然の出来事 |
ひるむ | 退る | 恐れや圧力で気持ちがくじける | 心理的な弱さ、意志の揺らぎ | 議論・対立・試合など |
誤った使い方に注意
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「大雨にひるんで傘をさした」
→ 雨に対しては「ひるむ」より「たじろぐ」や「しりごみする」が自然。 -
「彼の厳しい視線にたじろまなかった」
→ 気持ちで負けなかったと言いたいなら「ひるまなかった」が適切。 -
「上司からひるまないでミスを指摘した」
→ ここでは「ひるむ」は“心が怯む”の意味なので、「指摘する」とは直接結びつかず、文脈が混乱します。
関連語との比較
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尻込み(しりごみ)する
→ 恐れやためらいから実際に一歩下がる様子。体の動きが強調される点で「たじろぐ」に近い。 -
おじけづく
→ 恐怖や不安で心がすくみ、前へ出られなくなる。ニュアンス的には「ひるむ」に近い。 -
ひびる(方言的表現)
→ 若者言葉で「怖気づく」「ビビる」の意味。日常会話で使われることがある。 -
逡巡(しゅんじゅん)する
→ 躊躇して決断を先延ばしにすること。直接の恐れというより「決めきれない心理」を表す。 - たじたじ
→ 対応しきれず、言葉や行動が追いつかない様子を表す口語的な言葉。
まとめ
「たじろぐ(退縮く・怯む)」と「ひるむ(退る)」は、どちらも“怖さや圧力で後退する”ことを表しますが、
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たじろぐ:身体が思わず引ける様子(感覚的・身体的な反応)
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ひるむ:気持ちがくじけてしまう様子(心理的・精神的な反応)
という違いがあります。
さらに、
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「雨に驚いて後ずさる」なら → たじろぐ
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「強い相手に気後れする」なら → ひるむ
と使い分けると、より自然でニュアンスの伝わる日本語表現になります。言葉の背景や漢字表記を意識することで、表現力が一層豊かになります。